先日の「7km走」で左膝と足首を痛めて以来、僕のジョギング習慣は完全にストップしてしまいました。長年運動してこなかった50代の足腰は、僕が思っていた以上に脆く、そして一度痛めると驚くほど回復に時間がかかります。

「せっかく半年かけて12kg減量し、5kmを走り切れるだけの心肺機能を作ったのに。このまま休んでいたら、すべてが元の72kgの身体に逆戻りしてしまうのではないか」

走れない日が続くにつれ、僕の心の中にはそんな強烈な焦りと恐怖が渦巻いていました。夕暮れ時、新都心公園の方へ向かって走っていくランナーを見るたびに、痛む膝を抱えながら情けない気持ちになったものです。しかし、無理をして走れば、12月のNAHAマラソンどころか、日常生活すらままならなくなることは目に見えています。

今回は、走れない焦りに押しつぶされそうになっていた50代初心者の僕が、「休む勇気」と葛藤しながら代替運動として選んだ「首里の坂道ウォーキング」のリアルな実録をお届けします。

1. 走れない焦りと、「休む勇気」を持つことの難しさ

膝を痛めた翌日から、僕は頭の中で「今日は少しだけなら走れるんじゃないか」「痛みを我慢すればキロ8分で進めるんじゃないか」と、何度も自分に言い訳をして走り出そうとしていました。真面目に目標に向かっている時ほど、立ち止まることにはとてつもない恐怖が伴います。

しかし、ベッドから立ち上がる時に膝の奥で「カクッ」と鳴る鈍痛が、僕に現実を突きつけます。

以前の僕なら、「これくらいの痛みは気合で治る」と無理をしていたかもしれません。しかし、50代の身体は気合でどうにかなるほど都合よくできてはいません。壊れた組織が修復されるには、絶対的な時間と休息が必要です。「ここで走るのを我慢し、潔く休むこと自体が、今の僕に必要な一番のトレーニングなのだ」と、何度も自分に言い聞かせ、玄関に置いたランニングシューズを棚の奥へしまいました。

2. 平地を走るより痛くない?僕が「首里の坂」を選んだ理由

とはいえ、完全に家の中に引きこもってしまえば、体重はすぐにリバウンドしてしまいます。膝の着地衝撃を極限まで減らしながら、なんとか心肺機能や足腰の筋肉に刺激を入れ続ける方法はないか。そう考えて僕が向かったのが、自宅から歩いて行ける「首里の起伏に富んだ坂道と石畳」でした。

首里城周辺は、平坦な道がほとんどありません。急勾配のアスファルトや、琉球石灰岩でできた昔ながらの石畳、何十段も続く階段が迷路のように入り組んでいます。

実際に歩いてみて分かったのですが、僕の痛む膝にとって、平地をジョギングで跳ねるように進むよりも、急な上り坂を大股で「ヨイショ、ヨイショ」と踏みしめながら歩く方が、着地時の鋭い痛みを圧倒的に感じにくかったのです。走る時のように体重の何倍もの衝撃が膝に突き刺さることがなく、太ももの前側(大腿四頭筋)とお尻の筋肉を総動員して身体を持ち上げる感覚がありました。

3. 首里の石畳が教えてくれた「歩くトレーニング」の価値

痛む膝をかばいながら、首里の金城町石畳道や、当蔵町の急な坂道を2時間近く歩き回りました。決して走ってはいません。ただ、腕を大きく振り、息が少し弾むくらいの早歩きを意識して坂を上り続けたのです。

坂の頂上に着く頃には、首筋から滝のように汗が流れ落ち、息は「ハァ、ハァ」と荒く乱れていました。スマートウォッチ(Fitbit)の画面を確認すると、心拍数は130〜140前後を指しており、平地をゆるジョグしている時とほぼ同じ「脂肪燃焼ゾーン」に入っていました。

「走らなくても、坂道を歩くだけで、これだけ心臓をバクバクさせることができるんだ」

この気づきは、走れない焦りに苦しんでいた僕にとって、暗闇に差し込んだ一筋の光のようでした。関節への着地衝撃を避けながら、フルマラソンに必要な心肺への負荷と、長時間を歩き続ける足裏のスタミナを同時に鍛えることができる。「走れないなら、今は徹底的に歩く筋肉を作ればいいのだ」と、ようやく前向きな気持ちを取り戻すことができました。

4. 翌日の膝の様子と、見えてきた泥臭い練習方針

首里の坂道を2時間歩き倒した翌朝、ベッドから起き上がって恐る恐る膝の状態を確認しました。

もちろん、怪我が魔法のように完治したわけではありません。階段を下りる時の重だるい違和感はまだ残っていました。しかし、太ももやお尻には心地よい筋肉痛が走っている一方で、膝関節そのものの痛みが前日より悪化しているということはありませんでした。僕の身体にとって、この「坂道ウォーキング」は、ギリギリ許容できる範囲の負荷だったようです。

この経験を経て、僕のNAHAマラソンに向けた練習方針は完全に固まりました。

膝の痛みが完全に引くまでは、見栄を張って走ろうとするのは絶対にやめること。その代わり、休日はバンテリンサポーターを巻き、首里の坂道や新都心公園を「2〜3時間、絶対に立ち止まらずに歩き続ける」という泥臭い練習に切り替えること。関節をいたわりながら、長く動き続けられる土台作りに専念することにしました。

5. まとめ:立ち止まることも、完走への大切な道のり

7kmの挑戦で膝を壊したことは、運動経験ゼロの50代にとって厳しい現実でした。「なぜあの時、無理をして距離を伸ばしてしまったのか」と後悔する夜は今でもあります。

しかし、走れなくなって立ち止まったからこそ、「休む勇気」の大切さを知り、首里の坂道ウォーキングという新しい武器を手に入れることができました。右肩上がりに成長するだけがマラソンへの道ではありません。怪我をして、立ち止まって、自分に合った別のルートを探す。この泥臭い試行錯誤こそが、僕のリアルな挑戦なのだと思います。

焦る気持ちは痛いほどありますが、今は傷ついた足腰をいたわりながら、那覇の街を歩き続けようと思います。NAHAマラソンのスタートラインに立つその日まで、僕の歩みは止まりません。