2026年12月6日、沖縄の冬の風物詩である「NAHAマラソン」が開催されます。運動経験ゼロ、半年前に72kgから60kgへ減量したばかりの50代の僕が、人生初のフルマラソン42.195kmに挑むことを決めました。

この記事では、先日の練習で「7km走って膝と足首を痛める」という挫折を味わった初心者の僕が、制限時間6時間15分の過酷な本番を生き残るために、現時点で考えている「泥臭く現実的な完走作戦」を記録します。同じように体力に不安を抱えながらも新しいことに挑戦しようとしている同世代の方にとって、僕の足掻きが一つの判断材料になればと思います。

1. 72kgの肥満だった僕が、NAHAマラソンへの挑戦を決めた理由

本州から那覇へ転勤してきて間もない頃、僕は過去最重量の72kgという体重を抱え、自宅マンションの階段を上がるだけで息を切らしていました。お腹周りには分厚い脂肪がつき、靴紐を結ぶためにかがむことすら苦しい状態。もちろん、運動習慣などは皆無でした。そんな僕にとって、毎年12月に開催されるNAHAマラソンは、別世界のアスリートや限られた元気な人たちだけのイベントだと思い込んでいました。

しかし、日々の生活の中で見かけたNAHAマラソンのポスターや、沿道の大声援の中で苦しみながらも笑顔でゴールを目指す市民ランナーたちの姿を見たとき、僕の胸の奥で何かが熱く反応したのです。「人生の後半戦を迎えた今、自分もあの熱気の中に飛び込んでみたい。何かをやり遂げたという確かな手応えが欲しい」と。

とはいえ、72kgの重い身体のままではスタートラインに立つことすら不可能です。僕はまず、沖縄の島豆腐を使った自炊で「腹八分目」を徹底し、新都心公園でのウォーキングから始めました。半年かけて体重が60kgまで落ち、身体が羽のように軽くなったのを実感したとき、「今やらなければ一生やらない」と覚悟を決めて、震える指でエントリーボタンを押しました。

2. 7kmで故障した僕が直面する「6時間15分」という冷徹な壁

NAHAマラソンには「制限時間6時間15分」という明確で厳しい関門があります。以前の僕は「42.195kmを6時間15分だから、単純計算で1kmを約8分53秒のペースで進めば間に合うはずだ。早歩きに毛が生えた程度のスピードならいけるだろう」と、机上の空論で皮算用をしていました。

しかし、先日の練習で7km走っただけで左膝と足首に強烈な痛みを抱えてしまった今、僕は自分の現在地とフルマラソンの恐ろしさをはっきりと悟りました。

本番では、スタート時の渋滞によるロスタイムや、給水所でのトイレ待ち、後半の疲労によるペースダウンが必ず発生します。それらを考慮すると、キロ8分台前半の巡航速度を維持しなければ、途中の関門で容赦なく足切りになってしまいます。42.195kmという途方もない距離を、ずっと走り続ける心肺機能も、何万回という着地の衝撃に耐えうる関節の強さも、今の僕には全く備わっていません。アスリートのような正攻法の練習メニューではなく、今の自分の脆い身体と徹底的に向き合いながら関門をすり抜ける、現実的な計算と作戦が必要になったのです。

3. 本番を生き残るために僕が考えた「3大ルール」

フルマラソン初心者が後半に膝を痛めてリタイアする原因の多くは、「前半の元気な時にオーバーペースになってしまうこと」と「無理をして走り続けること」だそうです。本番の舞台で少しでも長く生き残るため、僕は以下の3つのルールを自分に課すことにしました。

  1. 上り坂は絶対に走らない(潔く早歩きに切り替える):
    NAHAマラソンのコースには、中間地点の平和祈念公園にかけて長いアップダウンが待ち受けています。この坂道で無理に走って駆け上がろうとすれば、50代の僕の関節は一瞬で悲鳴を上げるはずです。坂道が見えたら、見栄を捨ててすべて「早歩き」で通過します。休日に首里の激しい坂道や階段ウォークで培った「歩く筋肉」を総動員し、平地を走るための体力を徹底的に温存する作戦です。
  2. バンテリンサポーターを本番でも迷わず装備する:
    見た目の格好良さやランナーとしてのプライドよりも、関節の物理的な保護が最優先です。先日、膝を痛めた状態でもサポーターを着けることで2時間歩き通せた実績を信じます。42kmという未知の距離による着地衝撃から少しでも足を守り抜くため、両膝と足首をサポーターでガッチリと固めてスタートラインに立ちます。
  3. スマートウォッチで心拍とペースを常に監視する:
    本番の沿道の大声援や、周りのランナーの熱気に煽られると、無意識のうちに自分の実力以上のペースで走ってしまいがちです。これを防ぐため、普段の練習から使っているスマートウォッチ(Fitbit)を常に確認します。心拍数が上がりすぎていないか、ペースがキロ8分より速くなっていないかを監視し、「絶対に無理をしない安全圏」の中だけで足を動かし続けます。

4. 本番までの残りの練習は「歩き」を軸に再構築する

膝を痛めて前十字靭帯損傷の可能性まで告げられてしまった以上、本番まで残された期間で、がむしゃらに走る距離を追うことは不可能です。僕のガラスの足腰に合わせた、泥臭いスケジュールで準備を進めます。

  • 走るよりも「長時間歩き続ける」練習を増やす:
    痛みが引くまでは絶対に走りません。その代わり、週末は新都心公園の芝生の上など、足に優しい場所を選んで「3時間連続で歩き続ける」といった練習を取り入れます。心肺機能よりも、長時間足を動かし続けることができる土台(足裏や股関節のスタミナ)を作ります。
  • 食事と体調管理の徹底:
    最も恐ろしいのは、走れない期間に運動量が減り、せっかく減量した60kgの体重がリバウンドしてしまうことです。体重が増えれば、それだけ関節への負荷がダイレクトに増してしまいます。日々の夕食は島豆腐と野菜を中心とした「腹八分目」の自炊を頑固に守り抜き、関節への荷重負担を最小限にキープしたまま本番を迎えます。

5. まとめ:あの日から、少しずつ人生が軽くなっている

NAHAマラソン本番の12月6日、僕が制限時間の6時間15分以内に奥武山公園のトラックへ戻ってこれるのかは、正直まったく分かりません。途中の関門で足切りになり、収容バスに乗せられる可能性も十分にあります。

でも、72kgだった運動ゼロの僕が、50代になってから突然走り始め、膝を痛めて絶望を味わいながらも「なんとか完走したい」と作戦を練って足掻いている。完走できるかどうかは別として、ここまで来たこの泥臭い試行錯誤の日々そのものが、仕事と加齢に凝り固まっていた僕の人生を、少しずつ身軽にしてくれているような気がしています。

本番まで残り2ヶ月弱。結果はどうあれ、まずは12月6日、この身体で42.195kmのスタートラインに立ちたいと思います。僕のこの足掻きが、どこまで通用するのか。本番の記録も、包み隠さずこのブログに書き残すつもりです。